電磁パルス(EMP)は、目に見えず、音もなく、電子機器と電力・通信インフラに同時に影響を及ぼし得る現象です。特に高高度での核爆発によって生じるHEMP(High-altitude EMP)は、1962年の米国の核実験「スターフィッシュ・プライム」で遠く離れた地上の設備に影響が出たことから、重要インフラの脅威として認識されてきました。本稿では、HEMPの成分ごとの性質と、確立された防護の基本、そして参照すべき基準を整理します。
HEMPの三つの成分
HEMPの環境は、国際規格IEC 61000-2-9で定義されており、時間的な特性の異なる三つの成分に分けられます。
- E1:ナノ秒単位で立ち上がる非常に速いパルス。アンテナや短いケーブルを通じて半導体機器に結合し、避雷器などの従来のサージ対策では間に合わないことがある
- E2:雷に似た性質を持つ成分。既存の雷対策と重なる部分が多いが、E1で防護が損なわれた直後に到来する点が問題になる
- E3:秒から分の単位で続くゆっくりした地磁気の変動。長距離送電線に直流に近い電流を誘導し、変圧器の過熱や電力系統の不安定化を招く。1989年のケベック州の大停電を起こした磁気嵐の影響と性質が似ている
成分ごとに結合する経路が異なるため、単一の対策で全てを防ぐことはできません。
防護の四つの基本
HEMP防護の考え方は、機器を電磁的に閉じた空間に置き、外部と接続する全ての経路を管理するという原則に集約されます。具体的には次の四つの要素を組み合わせます。
- シールド:金属の筐体や施設全体の遮蔽構造で、放射として侵入する電磁エネルギーを減衰させる。扉、換気口、配管などの開口部の処理が性能を左右する
- フィルタ:電源線や信号線を通じて伝導で侵入するエネルギーを、シールドの境界(ポイント・オブ・エントリー)で減衰させる
- サージ防護:過渡的な高電圧・大電流を安全に逃がす素子を、フィルタと組み合わせて境界に配置する
- 冗長化と復旧:一部の設備が損傷しても機能を維持できる構成、予備品の確保、復旧手順の整備。旧来から検討されてきた「予防・検出・復旧」の考え方のうち、検出と復旧に相当する
重要なのは、シールドとフィルタとサージ防護が一体として設計されることです。シールドの性能が高くても、境界を通過する一本のケーブルが未処理であれば、そこが侵入経路になります。
参照すべき基準
HEMP防護には、確立された参照枠が存在します。
- IEC 61000-2-9:HEMPの環境(電界波形や成分の定義)を規定する国際規格。防護設計の前提条件となる
- MIL-STD-188-125-1:米国の軍用規格で、固定施設のHEMP防護に関する要求と試験方法を定める。施設全体を遮蔽する設計の代表的な参照先
- CISA の EMP 防護・レジリエンス指針:米国のサイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁が、重要インフラと機器向けに、費用と防護の度合いに応じた段階的な防護レベルを示したもの。軍用基準ほどの防護を要しない民間施設が実務的に参照できる
これらは「どこまで守るか」を決める物差しとして機能します。全ての施設に軍用規格の防護を求めるのは現実的ではなく、施設の重要度に応じて防護レベルを選ぶ考え方が、CISA指針の実務的な意義です。
日本への示唆
日本の送電網、通信網、データセンター、交通制御は高度に電子化されており、HEMPの三成分すべてが結合し得る環境にあります。一方で、HEMP環境の定義、施設防護の軍用規格、段階的な民間向け指針という参照枠はすでに存在しています。国内の重要インフラ事業者にとっての課題は、新しい技術の登場を待つことではなく、これらの確立された基準を自らの施設の重要度に照らして適用し、シールド・フィルタ・サージ防護・冗長化を一体で設計することにあります。