連載の最終章では、EMP防御を個々の施設から社会全体へ広げるために必要な、国際協力と制度の枠組みを整理します。EMPは国境を越えて影響し、対策には共通の基準と各国の政策が欠かせません。標準化の現状、米国の政策動向、日本の課題、そして国際法上の位置づけの順に見ていきます。
標準化——共通の物差しをつくる
防護の設計を各国・各社がばらばらに行えば、性能の比較も相互の検証もできません。国際電気標準会議(IEC)はHEMPを含む高出力電磁環境を扱う専門委員会を設け、IEC 61000-2-9 でHEMPの電磁環境を定義しています。米軍の MIL-STD-188-125-1 は固定施設の防護要求と試験法を規定し、民間でも参照されています。IEEEのEMC学会は、電磁両立性の研究者と技術者が知見を共有する場として機能しています。こうした標準は、脅威の波形、遮蔽の測定法、試験の手順を共通化し、国際的な協力の土台になっています。
米国の政策——大統領令とガイドライン
政策面で最も体系的に取り組んでいるのは米国です。2019年に署名された大統領令13865は、国家的なEMP耐性の確保を連邦政府の課題と位置づけ、関係省庁に役割を割り当てました。これを受けて、国土安全保障省のCISAは重要インフラ向けにEMP防護・レジリエンスのガイドラインを公表し、エネルギー省はEMPと地磁気嵐に対する電力系統の耐性向上に取り組んでいます。特徴は、技術基準の策定だけでなく、脅威の評価、インフラ事業者への情報提供、研究開発を一つの枠組みにまとめている点です。
日本の現状と課題
日本では、太陽活動に起因する宇宙天気について情報通信研究機構(NICT)が予報を提供し、通信・電力・航空分野への注意喚起を行っています。一方、人為的なEMPに特化した防護基準や、重要インフラ事業者に対する統一的な要求は、米国のような形では整理されていません。防災分野で培われた事業継続計画(BCP)の枠組みに、EMPと地磁気嵐という電磁的な脅威を組み込むことが、現実的な第一歩になります。
- 重要インフラ分野横断で、EMP・地磁気嵐を想定した共通の脅威シナリオを整備する
- 海外標準(IEC、MIL-STD、CISAガイドライン)を参照した国内向けの防護レベルの目安を示す
- 大型変圧器など長納期設備の予備確保と、復旧計画の官民共有を進める
- 宇宙天気予報とEMP対策を、電磁的脅威として一体で扱う体制を検討する
国際法と抑止——制度の空白
旧来、EMP攻撃を国際法で禁止すべきだという議論があります。ただし、核爆発によるHEMPは核兵器の使用そのものであり、既存の核に関する規範の枠内で扱われます。一方、核を使わない電磁的な妨害手段については、明確に規制する国際的な枠組みがなく、制度の空白が残っています。抑止の観点では、攻撃を禁じる規範づくりと並んで、「攻撃しても社会機能が止まらない」という耐性そのものが、攻撃の動機を弱める効果を持ちます。
まとめ——連載を終えて
本連載では、EMPの仕組み(第1章)、社会インフラへの影響(第2章)、防御の方針(第3章)と技術(第4章)、そして制度の枠組み(第5章)を順に整理しました。EMPは発生の頻度こそ低いものの、起きた場合の影響は広く長く続きます。標準化と国際協力によって共通の物差しを持ち、各国が自国の脆弱性に応じた政策を整えること。日本にとっては、既存の防災・BCPの枠組みに電磁的脅威を組み込み、海外基準を参照しながら自らの防護水準を定めることが、現実的で急がれる課題です。