第1章では、EMPがE1・E2・E3という三つの成分から成り、それぞれ異なる対象を襲うことを説明しました。第2章では、この三成分が社会のインフラにどのような影響を及ぼすのかを、電力、通信、交通・医療・金融の順に整理し、最後に「相互依存」という最大の問題を取り上げます。
電力系統——影響が最も広く、最も長引く
EMPの影響で最も深刻なのは電力です。長周期のE3成分は、長距離送電線に準直流の電流を流し込み、大型変圧器を飽和・過熱させます。1989年3月には、地磁気嵐によってカナダ・ケベック州の送電網が崩壊し、数百万人が約9時間の停電に見舞われました。これは自然現象による例ですが、E3が送電網に及ぼす影響を示す実例として広く参照されています。
問題は復旧の時間です。基幹送電網で使われる大型変圧器は受注生産で、製造と輸送に長い期間を要します。複数の変圧器が同時に損傷すれば、停電は数時間ではなく数週間から数か月に及ぶおそれがあります。停電が長引けば、冷暖房、照明、上下水道のポンプ、燃料供給、そして医療機器の運用がすべて影響を受けます。
通信と測位——復旧の手段そのものが失われる
高速のE1成分は、基地局、ルータ、交換機、端末といった通信機器の半導体を直接損傷します。光ファイバそのものは電磁波の影響を受けにくいものの、両端で信号を送受信する装置は電子機器であり、ここが弱点になります。携帯電話、インターネット、放送が同時に途絶えれば、住民への情報伝達や救急・消防の出動指令が滞り、災害対応そのものが遅れます。
見落とされがちなのが衛星測位(GNSS)です。多くの通信網や金融システムは、衛星からの時刻信号で装置同士を同期させています。地上の受信機が損傷するか、高高度核爆発で衛星自体が被害を受ければ、通信の同期や取引の記録に連鎖的な障害が及びます。
交通・医療・金融——電子制御への依存
- 交通:信号機、鉄道の信号保安装置、自動車のエンジン制御はいずれも電子化されており、E1の影響を受けます。信号の停止は渋滞と事故を、鉄道の停止は都市機能の麻痺を招きます。
- 医療:人工呼吸器、透析装置、画像診断装置、電子カルテは電力と電子回路の両方に依存します。停電と機器損傷が重なれば、診断と治療の遅れが直接生命に関わります。
- 金融:決済ネットワークやATM、証券取引はデータセンターと通信網の上で動いています。電子データの喪失や取引記録の不整合は、復旧後も長く影響を残します。
相互依存——本当の問題は連鎖
以上の各分野は独立して存在しているわけではありません。通信を復旧するには電力が必要で、発電所を動かすには燃料の輸送と制御用の通信が必要です。ある分野の障害が別の分野の復旧を妨げる「連鎖」こそが、EMP被害を通常の停電や災害と区別する特徴です。
日本にとっての示唆は明確です。電力系統が海外と接続されておらず、東西で周波数が分かれ、人口と機能が首都圏に集中する構造は、広域障害の長期化に対して脆弱です。次章では、こうした影響を前提に、防御をどのような考え方で組み立てるべきかを整理します。