第2章までで、EMPが何であり、社会のどこを襲うのかを見てきました。第3章と第4章では防御を扱います。本章はその「考え方」、つまり何を守り、どのような層で守り、誰が何を担うのかという方針を整理し、次章で個々の技術を掘り下げます。
すべては守れない——「何を守るか」を先に決める
EMP防御で最初に直面するのは、社会のあらゆる電子機器を防護することは費用の面で不可能だという現実です。したがって出発点は、停止すると社会機能や事業継続に致命的な影響を与える機能を特定し、優先順位をつけることです。電力の系統制御、通信の中枢、救急・防災の指令系統、金融決済の基幹システムなどが典型です。米国CISAが公表しているEMP防護・レジリエンスのガイドラインも、施設や機器の重要度に応じて防護のレベルを段階的に設定する考え方を採っています。
多層防御——四つの要素を組み合わせる
EMP防御は単一の装置で完結するものではなく、複数の層を重ねて成立します。基本となる要素は次の四つです。
- 遮蔽(シールド):導電性の外殻で機器や部屋を囲み、電磁波が内部に侵入する量を減らします。いわゆるファラデーケージの原理です。
- 貫通部の処理:電源線、通信線、配管など、遮蔽を貫通して外部とつながる経路は必ず存在します。ここにフィルタやサージ防護素子を置き、E1のような高速のパルスが線路経由で侵入するのを防ぎます。
- 接地とボンディング:遮蔽や防護素子が捕らえたエネルギーを安全に逃がすための経路です。接地が不適切だと、防護装置そのものが被害の入口になります。
- 運用と復旧:予備機器のオフライン保管、手動運転への切り替え手順、復旧計画、訓練など、技術だけでは埋められない部分を担います。
旧来の雷防護や一般的なEMC対策はE2やE3の一部には有効ですが、E1の立ち上がり速度には対応していません。既存の対策を「EMP対応済み」と見なさないことが、方針を立てるうえでの注意点です。
基準と参照文書
防護の設計には、共通の物差しとなる文書があります。IEC 61000-2-9 はHEMPの電磁環境そのものを定義し、脅威の波形を共通化しています。米軍の MIL-STD-188-125-1 は、固定施設に対するHEMP防護の要求と試験方法を定めた代表的な基準です。CISAのガイドラインは、これらを重要インフラの運用者向けに翻訳し、防護レベルの選び方を示しています。日本にはこれらに相当する統一的な基準が整っているとは言えず、海外文書を参照しながら自組織の要求を定めるのが現実的な進め方です。
政府・企業・個人の役割分担
政府の役割は、防護の基準を示し、重要インフラ事業者に対して要求水準と支援策を用意することです。企業の役割は、自社のどの機能が停止すると事業と顧客に致命的かを特定し、優先度に応じた防護と復旧計画を整えることです。個人にできることは限られますが、停電と通信途絶が同時に長引く事態を想定した備え——現金、飲料水、電池式の受信機など——は、一般的な災害対策と重なります。
EMPは低頻度・高影響の脅威です。だからこそ、平時に「守る対象」と「守る方法」を決めておくことが、実際に起きたときの被害の大きさを左右します。次章では、遮蔽や貫通部処理の具体的な技術を掘り下げます。